hiro.Hasegawaの気紛れブログ


by hirop

もしも世界中の若者がカホコさんになったら…

 近所のスーパーに、カホコさんがいるという。親に甘やかされて育ち、できないことやしたくないことを避けて、何かというとすぐに仕事を休んだり早退したりする、過保護なアルバイトの女子学生だそうだ。
 店が混んで忙しくなってくると「体調が悪いので、帰っていいですか?」と言い出す。上司が「もう少し頑張って」と言っても、休憩で食堂に行ったまま帰ってこない。
 ベテランのパート主婦たちは、売場主任に「あの子、もう帰らせてやって」と訴える。どうせ働かないんだから、いても邪魔なだけ…というわけだ。「早く辞めさせて、他のバイトを入れて」という声も出てくる。完璧な戦力外。

 そんな話を聞くと「だめな奴だなぁ」「近頃の若い者は…」なんて思ってしまうのだが、待てよと、ふと思った。
 もし日本中の若者たちがみんな、カホコさんやカホコ(カホ夫?)くんになったとしたら、と考えたのだ。
 先に書いた「好き嫌いこそが原動力」説の続き、というかそこから発展した「思いつき」である。
 なんでもかんでも「頑張れ!」「努力が足りない」というのは、教える側の「逃げ」なんじゃないかと思うのだ。
 やる気のない学生に「努力が足りない、根性がない」というのは簡単。彼らをしてやる気にさせられなかった反省が消し飛んでしまう。「あいつが悪い、俺は責任ない、以下省略…」の思考停止。
 自分の教えている高度な事柄がわかる者だけ着いてこいというのは、私は君たち愚かな学生より、こんなに賢いんですよ、こんなに勉強したんですよという傲慢にしか見えない(俺がアホなだけかもしれんが^^)ゞ)。
 もちろん僕も、そんなに立派な人格者ではないので(というか、むしろ適当で怠け者だけど)、理想的な授業ができているわけじゃない。というか、毎度納得いかなくて不満ばかり。

 さて、先のこの欄で、僕は大学でのお勉強について「嫌なことはしなくていい。楽しければ、するなといっても勝手に学ぶ」と書いた(小中の基礎教育にまで、無条件でこの考えを当てはめるつもりはない。それはまた別の議論とする)。
 「そんなことをしたら、国中誰も我慢をしなくなり、努力を避けて安易な道を選び、怠け者だらけになる。そんな国になったら、日本は科学も経済も政治も停滞し、滅んでしまう」…そんな反論は容易に予測できる。
 でもね、ひねくれ者の僕としては、科学や経済や政治が、そんなに日々発展しなければいけないの?と、疑問を呈してみたくなったのだ。だって、頑張ろうとして心を病み、生きることまで放棄する人が後を絶たない今のこの国で、それでも「頑張るのは尊い」という価値観が根を張っているのが不思議でならないのだよ。

 かつて民主党政権のとき、例の「仕分け」でスーパーコンピュータ開発について、蓮舫さんが「2位じゃダメなんですか?」と名言(迷言?)を残した。あのとき、僕は「このアホ、何を言っとるんじゃ?」と呆れたけれど、今となっては「ふむ、それも悪くないかも」と思っている。
 だって、日本の発展を願って、志ある若者たちが西洋の科学や政治経済のシステムに触れ、欧米の大国に追いつけ追い越せで必死になって学び働いた結果が、72年前の焼け野原だったじゃないか。
 「その後の復興も、日本人が一生懸命に努力したからだ」という反論については、一生懸命に戦争してなかったら、復興の必要もなかったのだよと再反論しておく。

 もしも、冒頭で触れたように、若者たちがみんな甘ったれで根性なしのカホコさんになったとしたら、「いざ戦争だ!」ってときに「銃が重いから歩くのヤダ」とか「お腹が空いたから訓練したくない」とか駄々をこね、仮病を使って訓練をサボり、軍隊を逃げ出す連中も出てきたりして、ちっとも戦争にならないだろうなと思った。
 「そうなったら、日本がよその国に侵略され、植民地になる」と危惧する人もいるだろう。だから、せめて外交の努力くらいはすべきかと、一応思う(一応ね)。冷静に事態を分析し、話し合いで危機を回避する方が、少なくとも殺人の研究とそのための訓練をするよりはよほど楽なはず(戦闘機飛ばしてミサイルを撃つ金で、難民に食料をわけ、砂漠に水道を引けるんだよ)。
 それにですね、もし「根性なし」が世界的なブームになり、世界中がダメな国民だらけになったら、「よその国を攻めるなんてめんどくせー」とか「自爆テロなんてヤダー」って人ばかりになって、結局テロも戦争も起きないんじゃないかと思うよ。

 国のためでも民族のためでも、地域のためでも会社のためでも、何のためでもいいんだけど、わけわかんないままに頑張っちゃうからいけないのだ。
 銃が重いからヤダー、撃たれたら痛いからヤダー。そんな根性なしばかりになれば、少なくとも無駄に命を散らす若者は減少すると思う。
 何バカなことを…と思うかもしれないけど、一度考えてみても悪くない。
 「そんなことになったら、一部の悪い連中の思うままになって地球が滅びる」という危惧は、当然生じるだろう。もし本当にそうなれば、地球はその程度の値打ちしかない星だったのだと諦めるのも選択肢のひとつかもしれない。
 こんな言葉があるよ。
 「本当の平和とは、それを守るための努力をしなくてもいい状態のことである」

 かつて湾岸戦争のとき、日本では海外渡航が自粛されることになった。その際、「海外レジャーに行けない」と不平を言う若者たちをテレビで見て「戦争しているときに遊べないからと文句を言うなんて不謹慎だ」とじじいの政治家が言った。
 それに対して上岡龍太郎氏は「人が遊ぼうというときに、戦争する方が不謹慎だ」と反論した。この視点がとても大事。
 みんなが同じ方向を向くとき、ロクなことが起こらない。僕たちは、「一億火の玉」のかけ声でみんな死ぬ気の戦争をして、本当に国土が火の玉になったら「一億総懺悔」して平和は尊いと言い出し、一億総モーレツに働いて、一億総テレビ人間、一億総スマホ人間…そのうち一億総忖度人間、一億総ヘイトスポーチ野郎になるかもしれない。
 あれから70年以上、ひたすら頑張ってきたのだ。そろそろ学習しましょうよ。


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by horonekop | 2017-08-12 16:46