hiro.Hasegawaの気紛れブログ


by hirop

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 初対面の人に「お仕事は何を?」と尋ねられると、一応「大学教員です」などと答えることにしている。
 実際にそうなんだけど、実のところこういう質問をされると、毎度、何と答えようか困ってしまう。で、まあ当たり障りのないというか、一番わかりやすそうな肩書きを使うことにしているわけだ。
 僕の名刺には大学の他に、文筆業とかデザイナーとか小さな文字であれこれと書き込んでいる。名刺を渡した人はそれを眺め「で、本業は?」などとやはり尋ねてこられることが多いので、上述のように端的に答えるようにしているわけだ。

 大抵の場合、大学教員のようにわかりやすい職業を告げれば納得してもらえる。
 物書きだといえば「どんな本を?」などと訊かれ、コンピュータ関係と答えれば「なにやら難しそうな本を書いているのかな」という顔をされるし、「雑誌に映画のコラムなんかも書いてます」と言うと、怪しいオタクのように思われたり(そんな気がしているだけかもしれないけど)。
 名刺には写真関係の文言はひと言も書いていない。大阪芸大写真学科とは書いているから、「写真の先生ですか」と言ってくる方はいる。それはまあその通りなので「はい」と答えると、主に男性からはデジカメの話を振ってこられたりする。「SONYのXXXっていうxxx万画素のカメラを買ったんですけど、ズームの倍率が…」などと質問されたりすることもあるけど、カメラマニア向け雑誌の記事みたいなことは専門外というか関心の外なので、よくわからないと言うと「なんだ」みたいな顔をされることもしばしば。
 どうも写真の先生ってのは、カメラ雑誌のレビュー記事みたいなことに詳しいと思われているようだ(インクジェットプリンタのインクとか用紙と色再現については詳しいけれど、デジカメマニアはそういうところに関心が薄いみたい)。
 昔、Webの記事で(記事本文の参考としてついでに)キヤノン製品の発売順を取り違えたら、デジカメマニアのネット掲示板で、ある人(当然匿名)から「写真の先生が絶対に間違えてはいけないことを間違えやがった」と非難されたことがある。アホか? 俺はヨドバシカメラの店員じゃないっての(笑)
 それを知ってのことだろう、教員仲間から「あんたは写真家を名乗らない方がいいよ」とご丁寧にも得意げにアドバイスされた。Photoshopで「不要な背景は焼き込みツールで消せ」なんてとんでもないことを教えてる奴に、言われたかないよ(お前が教師辞めろ(笑))。

 とまあ、肩書きについてあれこれ言ってみたのは、西野亮廣氏の言っていることが至極もっともだと思ったから。
 少し前の彼のブログ(「革命のファンファーレ」が出た頃だと思う)で、自分の肩書きを固定してはいけないといった旨を書かれていた。

 僕の考えと全く同じ。西野氏自身、自分の肩書きがよくわからないのだという。お笑い芸であり、絵本作家でもあって、他にもCMプロデューサとか、何かいろいろやっている。だからって、彼が何者かわからないこともなければ、何を考え何を主張しているか見当が付かないわけではもちろんない。

 僕も同じで、名刺に表記する肩書きにはいろいろな職業があるけれど、その中の一つをインデックスにして「こういう人」だと断じられても、あるいは勝手に推測されても嬉しくないのだ。
 こういう人なんだ、こんなことを主張している人なんだ、ということは、ブログなり出版物なりを読んで、あるいはもっと詳しく知りたいなら大学で講義でも聴いて、その上で判断いただきたい。
 だいたい、85mmx57mm程度の紙切れに6ポイントくらいの文字で、僕の何が判るっていうのだ?(生まれたところや皮膚や目の色で、一体この僕の…♪以下、著作権抵触を危惧して自主規制(笑))。

 「そういう小難しいことじゃなくて、初対面の人と話すきっかけとして、職業を知るのが最適なんだよ」と、社会人は言うだろう。だったら、職業を聞いた直後に、デジカメやレンズのレビューみたいな話を振ってこないでください。
 いや、聞いてもいいんだけど、「写真ってカメラ雑誌のレビュー記事レベルしか関心ありませんよ」と、自分の浅さを白状しているだけで、話を聞き終えたら「なんだ、写真の先生ってデジカメのことを知らないんだ」と勝手に納得し、結局はこちらのことをわかろうなんてしていないのだとわかってしまう。
 その結果わかるのは「この人は自分の理解できる範囲、読み書きできる文字の範囲でしか世界を見ようとしないんだろうな」と、これまたこちらが勝手に判断してしまうだけだろう。
 そんなことにために、「私は○○業でございます」なんて表明しなければいけないのだろうか? 「私は○○業」と宣言することは、「私は他のことは専門ではないので、お話しできません」と拒否することであり、同時に「○○は専門だから任せなさい」という傲慢な姿勢でもある。
 興味や関心があれば、僕はどんなことでも、専門でなくても首をつっこむし、たとえ専門であってもわからないことはいくつもある。それじゃあいけないんですかね?

 で、話のきっかけとして職業をいろいろ書くのは確かで、名刺を見て「いろいろやってるんですね。器用な人ですね」と、まあお世辞半分でおっしゃる人もいらっしゃる。
 こちらとしては「器用貧乏でして」と頭を掻き、「何とか暇なしでね…」と冗談でごまかしたりすることになる(器用は事実ではないが貧乏は本当)。
 いろいろやってるのは、いろいろなことに興味があるだけ。面白いと思うからやってみて、そのまま面白さが継続できれば仕事になることもあるという、ただそれだけのことなのだ。他に意味はない。
 そこからビジネスにつなげる西野氏のような才覚も、もちろん持ち合わせていない。

 でも、こういうスタンスって理解されないんだよね、なかなか。だから、フォトグラファーを含めて「プロ」と名乗るつもりは毛頭ない。アマチュアでかまわない。暇人の道楽と思われてもいい。
 但し、写真にしてもコンピュータにしても、そこら辺の「プロ」と名乗っている人より理解しているつもりではある。だって、オブジェクト指向をわかっていない人がJavaやC#を教えてたり、PhotoshopやIllustratorの使い方を間違っている人がデジタル画像処理を教えたりしてるんだよ(僕の関わっていない、某教育機関で実際に見聞した話。参りますよ、もう)。

 昔から、学生にはよく言うのだ。「この道一筋ン十年とかって人、かっこいいけど俺にはできない」って。僕は、ただ飽きっぽいだけだと思う。
 若い頃にギターを始めたのは、あの世代の男子なら誰しも思う「かっこよく見せたい、モテたい」という下衆な心理からだったが、そこから城田じゅんじのバンジョーを聞いてすげぇと思い(特にものまねバンジョーは最高!)、必死こいて練習した。
 曲を作ったらもっとかっこいいだろうと思って、音楽理論を勉強し、ピアノの譜面を読み書きできるところまではいけた(弾けないけど)。

 写真も、ステージ上の音楽仲間を撮影したら、特に女子のグループからモテるかなと考えて、そこからハマってライブの写真を撮るようになり、モノクロ写真の現像とプリントに手を染めた(きっかけは常に低俗で、芸術性などかけらもない)。
 ステージの照明はコントラストが高く、なかなか思い通りに捉えられない。それで露出や照明を勉強し、アナログのプリント技術もマスターした。凝り性というわけではないが、納得するまで突き詰めないと止まらない性分なのだ。

 コンピュータも、勤めていたとき職場に導入されたマシンが自分の管理担当だったので、ゲームを作って遊んだりしていた(当時はコンピュータブースがあって、外からは何をしているか見えなかったから(笑))。
 で、暇に任せて仕事で使うプログラムを作った。面倒な作業を減らして、楽をしたかったから。仕事に対しては、立派な怠け者なのだ(笑)。
 お客さんの情報を別ファイルに保存しておけば、番号で呼び出して再利用できると気付き、それが独自のデータベースにつながった。
 本来の仕事をさっさと仕上げ、コンピュータブースに閉じこもって遊んだ末に、C言語からマシン語まで1年ほどでマスターし、グラフィックを使ったフローチャート・エディタなんかも作った。
 そんな中で、当時は存在しなかったバックアップソフト(追加や書き換えられたデータだけをコピーするプログラム)ができちゃったので、たまたま本屋で立ち読みしたパソコン雑誌に投稿したら、記事を書かないかとお誘いがきて、そこから技術系の執筆をするようになった。

 そうこうしているうちに、ある出版社のパーティーがきっかけで、コンピュータのソフトウェア史を文化史と重ねて綴るという連載をやらせてもらい、やっとここで、学んできた社会学と職業が融合。
 そこでは、英語の専門書や技術エッセイの監修(翻訳は専門の会社だったけど、コンピュータによる機械翻訳なので、結局自分で人力翻訳した)もやらせてもらった。
 さらに、ある雑誌の編集長と雑談していて映画の話になり、僕が映画好きだとわかると、後に映画のコラムを書かせてくれた。原稿料はチープだったけど、一番楽しい仕事だった。

 とまあ、僕は実に好き勝手なことをやらせていただいたのだろうと、つくづく思う。
 好きだからこれだけあれこれやれたのであって、必要だから好きでもないことをお勉強して…なんてやってたら、きっと何にもできなかったと思う。
 器用なのではなく、面白いと思っただけ。面白いと思うことがたくさんあり、幸いにもコンピュータの担当で暇が作れただけ。
 話のわかる、あるいは僕のようなトンデモ野郎に連載を任せる度胸をお持ちの編集長に出会えただけ。編集者など、作ることを助けてくれる人に恵まれただけ。
 僕が授業で、ギャラリーの運営者など創作者をサポートする人たちの存在にこだわるのは、そういう経緯を身を以て知っているからだと思う。
 君がどんなに優れたアーティストでも、それを世に出す仲間がいなければただの「上手な人」でしかないのだよ。

 今もまぁ、僕のような野郎に学生を任せるという、度胸のある偉い人が存在しただけかもしれない。
 面白いと、人間は難しくっても頑張っちゃうものだ。頑張れと励ましても、本人が楽しんでいなければ簡単なことにさえ挫折する。根性論など当てにならない。根性や努力に頼れるのは、本人がそれを面白いと思うからだ。楽しくも面白くもないことに根性出して努力するなど、変態である(と、僕は思っている)。

 自分の知っている範囲で、自分以外のモノやコトをさらに知ろうとしても、それは無理ってものだ。自分には理解できていないということを、知っておくことが必要。理解したつもりで事に当たると、誤解だけではなく、自身の進み方を間違ってしまうかもしれない。
 ネット社会では特に、何かを否定したり批判したりが、責任を負わずしてできる。それが常識=大多数の意見だと、根拠もなく思ってしまえる。その怖さを知っているかどうかが分かれ道。
 謙虚さを持ちたい。事実とか、先人の成果とか、あるいは自然の力とかに対して。
 そして、自分の生活、短い人生で得たことがすべてだなどと思わないでいたい。新しいことに興味を持つとは、「自分は何でもマスターできる」という傲慢さではなく、「知らないことだらけ」だと知る謙虚さの表れであるべきだ(と、自分に言い聞かせてみる)。

 西野氏はこうも言っている。
 常識のアップデートを止めてはならない」
 …「謙虚」とはそういうことだ。



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by horonekop | 2018-01-21 19:08 | 日記・その他

元祖プリクラ世代の逆襲

 いつものように、下書きなしのぶっつけで書いてます。 
 「いつもの…」って言ったけど、去年の夏から、「うみねこ通信」更新してなかったんだね…^^)ゞ
 仕事の執筆などが溜まってくると、こういう余力でやってることっていうのは、ついついサボってしまう。
 世の中には、実にこまめにブログを更新している人もいて、つくづく感心する。僕のような気紛れ人間には到底真似できない。
 西野亮廣氏なんか、すごいよね。著書の宣伝などもあるだろうけど、長文のブログをきっちり提供し続けているのは天晴れ!である。僕なんか、〆切が設けられている仕事でさえ、ついつい怠けてしまう。自分が書籍の監修や編集をやったときには、〆切を守らない書き手をこき下ろしてたのにね(笑)。勝手なもんだ。

 まぁ、猫だから気紛れなのだよ(って、それで片付けていいのかな?いいことにしよう)。
 「気紛れ」と言えば、昔「気紛れ映像論」というネット連載をやってたことがある。今僕が大学で展開している「メディア序論」の元ネタというか、きっかけになったものだ。元ネタと言っても、冒頭の「2003年、阪神タイガース18年ぶりの優勝」シーンに、写真文化を考える印象的な場面を見つけた…というエピソードの部分で、そのことはまた別の機会に触れたい(大学で僕の講義を受講した学生にはわかることだけど)。

 で、件の連載がきっかけでコニカミノルタの研究員の方と知り合い、共同研究をすることになった。
 コニカミノルタはご存じの通り、コニカとミノルタという共に老舗メーカーでありながら、オートフォーカス機構を実現したチャレンジ精神に溢れる組織が合併した会社。質実剛健なメカのミノルタと、コンパクトカメラなど(プロやハイアマチュアではない)市井の人々の映像機器を追求してきたコニカ(小西六)とが1つになり、「イメージング文化研究所」という組織を作った。
 機械技術の研究所は、どこのメーカーでも持っている。マーケティングの研究もやっている。が、コニカミノルタのイメージング文化研究所はちょっと趣が違って、「イメージング文化」と付いているように、コンシューマ、エンドユーザーの写真に対する関わり方、写真の民間利用などをテーマとして、その成果を製品開発やサービスに活かす(彼らの言葉で言えばベネフィット)ことを目的のひとつとしていた。
 つまり、一般社会の写真文化に対する研究だ。報道やスポーツ、広告などのプロを対象に、彼らを主なターゲットとしての研究は、メーカーなら当然やっている。しかし、デジタルカメラの時代になり、キヤノンとニコンの二大メーカーが世界的に独占状態となる中、後を追う形となった老舗合体メーカーとしては、これまで「プロ向け技術のお下がり」とされてきたエンドユーザー向け分野をターゲットに選んだのだろう。

 そこに、僕のやっていた「ケータイのカメラとアート写真」とか「アルバムに対する意識」といった研究テーマが、Web連載を介して接点を持ったわけだ。
 最初はインタビューの申し出だったが、その後数回、研究所に出向いて講義というか簡単なレクチャーを行うことになった。が、残念なことにコニカミノルタは、その後カメラ事業部をソニーに譲り、デジタルカメラの製造から手を引いてしまった。
※ ちなみに、このときのレクチャーの一部が、過去の講義である映像論と情報論に受け継がれている。

 イメージング文化研究所の研究員は2人の若くて美しい女性で、彼女たちはマイクを握って街へ飛び出し、駅や商店街やゲーセンなどあらゆる場所に出現して、エンドユーザーにインタビューを試み、その結果を報告するという実践的な仕事を果たしていた。
 写真だけではなく、最新技術もファッションも、実際に消費し使うのは女性。研究のターゲットも、必然的に女子学生やOLが多くなる。むさ苦しいおっさんがいインタビューするより、遙かに有効。よい人選だったと思う。
 そんな彼女たちが、カメラと写真の扱い方に関するアンケートを作った。折しも、キヤノンが10万円を下回るデジタル一眼レフ・EOS Kiss Digitalを発売し、カメラ付きケータイが当たり前のツールとして定着した時代。
 ところが(一部の大学などではやっていた人がいたかもしれないが)、ごく普通の人たちが生活の中に急速に浸透してきたカメラや写真とどのように付き合っているのかを、まともに研究する試みはほぼなかった。だから、コニカミノルタのこの試みは実に画期的かつ社会学的にも重要なものだと思った。

 が、残念なことにその研究成果を製品やサービスに結実させることなく、先述したように会社本体がカメラ事業から手を引いてしまった。
 で、僕はそのアンケートを受け継いで、大学の講義で引き続き実施することにした(設問の一部を参考にしつつ、内容を大衆に映像文化を中心としたものに変更)。
 当時担当していた「写真情報論II」という授業で、「一般の人たちがカメラや写真とどのように付き合っているか?」を学生の協力を得て調査したのだ。
 学生に対するアンケートではなく、学生に質問用紙を配布し、自分の家族や友人、近所の大人など「写真やアートに直接関わっていない人」から回答を得る、という形である。
 当時は講義の受講者が百名近くいたので、毎年アンケート用紙を500~1000枚くらい印刷し、数百件の回答を得た。集計用のプログラムを作って、スタッフ(副手)に手伝ってもらいながら集計。グラフ化して講義で紹介するという試みだった。

 以下の画像は、アンケート分析結果の表とグラフ。データは2006年の秋に実施したときのもの。

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 アンケートでは「所有しているデジカメの画素数」なども尋ねていたが、年々高画素化していく状況では、これは間が開くとあまり意味がない。当時の講義でも、もっぱら取り上げたのは年代と性別による傾向。これは、時代とともに対象の世代が推移することを考慮すれば、普遍性を導き出せる可能性がある。

 数年続けると、興味深い傾向が見えてきた。
 こういう調査は、10年くらい続けてひと世代が順送りでスライドするところまで続けなければ意味がない。そう思って7年続けた。あと3年くらいで傾向としてまとめ、考察を形にして発表できると思っていた矢先、とんでもないことが起こった。
 突然、講義を一切取り上げられたのだ。それまで1、2年生の実習と他の学科も対象とした講義を持っていたのに、僕の授業は少人数のコース授業を半期のみ担当することになったのだ。干されたわけだ。裏に、一部の偉い人の意図やら、ずるい人たちの陰謀やらがあったのだと後に知ったが、それはまあいい。
 お断りしておくが、僕が教師にあるまじき行為をして、罰として授業を干されたとか、そういうことでは決してない(むしろ、教師にあるまじきことをした奴らが、僕を排除にかかったのだ)。本当に、ひどい目に遭った。
 幸いにして信用できる仲間がフォローしてくれて、それが今のポジション(って、元通りってことね)。
 しかし、7年で途切れた研究は取り戻せない。今更あと3年追加したところで、意味を成さない。アナログからデジタルへと大きく変わりつつあったあの時代に、10年続けて人々の意識の変化を見ることが重要だったのだ。
 とは言え、過去のアンケートの結果から、当時の様子は把握できる。文句を垂れていても仕方がないので、埋もれてしまった過去の成果を引っ張り出し、それと「すっかりデジタル全盛」となった現在の状況とを重ね、あるいは比較して、写真文化の変化を引き続き考えることにした。
※ 干されて少人数の授業を短期間担当していた時期も、あながち悪いものではなかった。学生とのやりとりが密になり、Webで写真のスライドショーを作るという、これまで興味はあったが実践できなかった授業を展開できた。このときの学生とはいまだに親交があり、社会人となった今でも写真を見せに来てくれる人や、当時の講義内容をいまだに覚えていてくれる人がいる。立派で有名なアーティストを育てるのもいいのだろうけれど、何でもないごく普通の人が、ずっと写真やアートに関わってくれていることの方が、僕としては素敵である。

 アンケートの結果で僕が特に注目したのは、「撮影した携帯やデジカメの画像のうち、失敗したコマをどうしているか?」だった。
 別の機会(次の掲載)にデータを示すが、「失敗したらあっさり削除」と答えた人に10代、20代が多いのはわかるとして、当時の30,40代の女性も意外と多かった。
 20代も含めれば、この世代はプリント倶楽部(プリクラ)が登場したときに「女の子または女子生徒」だった、いわゆる「元祖プリクラ世代」。よく言われる「ミレニアル世代」と、それ以前数年間との境界世代(40代は、「写ルンです世代」と言えるだろう)なのである。
 ひと世代上の50代と比べて20ポイントの差は大きい。ここに着目したのだ。

 話は変わるが、話題の本「もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら」の続編も好調のようだ。版元によれば、読者の35%は「40~50代の女性」だという。
 かつては「これからは電子書籍だ」と言われながら、相変わらず紙の本が売れていて、デジタル依存している若い世代は、通信機器の使用料=スマホ代に追われ、書籍どころかファッションや化粧品まで買い控えする現状。紙の本を支えているのはミドル・エイジの女性たちなのだ。

 このニュースを新聞で読み、僕は10年ほど前のアンケートを思い浮かべた。今の40~50代って、2006年当時は30~40代だった!この世代、何かある。
 インターネットブームの時も、通販社会になったときも、僕は(マーケティング云々とは異なる脈絡から)「女が文化を変える」と言い続けてきた。
 写真もまた然り、と思ったのが2000年代に入った直後のこと。ケータイで、思い立ったら即座に写真を撮るのも、カフェでおしゃれなパフェなんかの写真をネットにアップするのも、ぜーんぶ女性の仕業。「盛り」も「インスタ映え」も女性初である。
 先ほど、ミレニアル世代と言ったが、それよりも少し幅を狭め、さらに1980年より少し前に生まれた世代も含めた限定的な世代は、日本では「元祖プリクラ世代と呼んだ方が適切かと思う。
 そんな女性たちが、我々男の抱いていた「写真とは」「本とは」という硬直した意識を大きく変えてきたのだ。

 過去のアンケートから今後の調査まで含め、そういうお話を、これから気紛れに綴っていきたい。アンケートに携わった学生、スタッフ、回答してくれた人々、そして何よりも「当時の意識を明確に表したデータ」に感謝を込めて。
 なお、掲載は不定期で、このブログ「うみねこ通信」では他のテーマの雑文も時々入り込むため、このテーマはカテゴリを「映像文化論」という堅苦しい文言にまとめることにする。絞り込みや検索で見つけやすくするためであって、堅苦しい説法を展開するつもりは毛頭ない(人猫が気紛れに書くことだから)。

 では、続き(いつになるかわからんけど)に請うご期待!ってことで。


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by horonekop | 2018-01-21 16:02 | 映像文化論